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異文化体験の失敗談...

畑と教会とダンスパーティ

ペンネーム:Stephane
住所:NY, Long Island
E-mail:nkoyama1@hofstra.edu
留学時年齢:16歳
性別:男
留学した国:アメリカ
留学期間 :1991年9月〜現在
学校名:HOFSTRA UNIVERSITY

日本にはなく、米国の高校生活に存在するイベントとして、週末のダンスパーティがあげられる。。基本的にPrep Schoolにて盛んなこのイベントであるが、僕が過去に参加したダンスパーティで女子校との合同パーティは特筆すべき面白さを誇っている。
別段色気づいた話ではなく、そのあまりにも笑える状況は、ある意味、22年間の我が人生においてそうはない。

それは高校一年のさざめく風が心地いい春の日の出来事であった。当時、僕はアメリカ人の彼女を作り、心浮かれつつも過酷なプレッピー生活を送っていたが、学校主催のダンスパーティが女子校との合同になるとの情報を聞きつけ、デートの約束を強引に変更してまで、いそいそとスーツをクリーニングに出しにいった。
友人には、「アメリカの女子校とは研究にあたいするッ!これはけしてスケベ心ではないッ!ましてや裏切りなどではない」と豪語してはいたが、彼女に対する罪悪感を抹殺しつつ、「もう、週末に買いもしないのにモールに行くなんてまっぴらさ。ちきしょう、なんだか涙が出てきたぜ」(誇張あり)と本音では思っていた。その時だけでも、新たな世界を覗いてみたい。魂の叫びである。
しかし、その後の展開は、僕の心意気を天が嘲笑うかのごとく打ち砕いてくれたうえに、笑いの神様が降臨してくるありさまであった。

我ら共学校の男子達は普段から同じ学校の女子に対する不満があったので、女子校とのダンスパーティには「我こそはッ!」といわんばかりに参加者が殺到したのであった。多くの悩み多きティーンエージャー達、血気はやる男の顔、まさに戦いに出る男の顔である。
そう、我ら寄宿学校男子は当時、日常に憤りを感じていたのだ。だいたい寄宿学校というのは、毎日皆が嫌というくらい顔をあわせるので、親しくなりすぎ、ダレが生じるきらいが多分にありすぎる。それはいい事ではあるが、まったく問題がないわけではない。
馴れというのは恐ろしいもので、女子の多くは、学期の初めこそメイクにブランドコスチュームという「完全装備」ないで立ちであるのに、程なく月日がながれると、平気でパジャマ姿で外を闊歩するのである。色気も何もあったものではなく、趣味の変わった輩だけが喜ぶだけである。
そういったごく少数の幸せ人々を除いて、大多数の健全な男子は、「ええ〜いッ!やる気あるのかいッ!」という勝手な男の論理を発揮しつつ、過ぎ去った希望と栄光の日々をシュールに思い出しつつも健気に、そして気高く生きていたもである。
そのようにマンネリ化した寮生活に旋風を巻き起こすかもしれないイベントを、血に飢えたレッサーパンダ君のようなティーン達が、よもや見逃すはずはなかった。

我々はお決まりの、黄色いスクールバス3台に分乗し、未来と希望が支配する会場へと意気揚揚とむかったのである。僕と日本人の友人などは、遥か日本をしのぶかのように、「お昼休みはウキウキウォッチ♪、あちこちこちこち、いいとも♪チャッチャッチャッチャッチャ、チャ〜♪」と世迷言的に「いいとも」の主題歌を歌いながらニコニコと微笑んでいたものである。隣に座るルームメイトの顔にも微笑みがもれる。そこには、人種、国籍、宗教を問わずして一つの目標に向かって決意を共にする男達がいたのだ。国連が提唱する「地球市民」として別々な国に生をうけながらも、心を一つにした学生達。友情である。
そんな僕らの目的地が、例え学校のある人口稀少な村よりも遥かに田舎にある教会であろうとも、我々は気にはとめなかった。後々思えば、教会というパーティに不向きな建物の前でバスが停まった時点で気がつけばよかったのであるが、その時は疑問にも思わなかった。アメリカ人などもっと早く気がつけばいいのと今更ながらに思う。
特に、遠めからはペンギンの様に見える尼さんの姿を見とめた時に。そう、そのダンスパーティはカソリック系の強烈に宗教支配された女子校との合同パーティであったのだ。

はめられた。それが、僕が教会兼パーティ会場の前で無表情に仁王立ちする尼達に抱いた神を恐れぬ印象だった。確かに、校風ゆえか、多少じみな格好をしているが40人は軽く超える女の子達が僕らの前にはいた。
ただ気になるのは、なぜ尼さんが会場の四方、出入り口、そして会場の外に展開しているのでかという事である。さては、何かの儀式でも始めるのであろうか。一見すると結界を張っているようにもとれた。しかし、それこそが、尼必殺の「清い男女交際結界」であったのだ。

ある程度、特異な空間ではあったが、相手校の生徒達も年頃の健全な女子であったので、パーティが始まれば、それなりに盛り上がってきた。ところどころで相手の物色がはじまり、適当に話がはずむ。ダンスパーティなのだから、DJも来ていて音楽をガンガンながす。明らかに尼さんの判断により選りすぐられた曲ではあったが、当時の流行をくんだのもが主流でDJの苦心がうかがわれる。
僕なりに尼を少し見なおしたものである。

一時間も過ぎた頃、ホールの中心では早くも多数のティーン達が盛り上がりのピークを迎えようとしていた。「やるな、マーク」と流し目に同級生を見ながら、僕は友人と組んで相手校の二人組みと話し込んでいた。しかし、気になるのは、田舎の教会で踊り狂っているティーン達の中に、ちらほらと見られる白っぽい出で立ちである。
それは、至近距離に近づく男女かいれば、すぐさま近接戦闘にうって出る尼の姿だった。驚愕という表現が間違いではない空間が存在していたのである。昔、映画に出てくる台詞にあったことが、まさか目前で、現実として見られるとは。ある意味感動すらしたものである。出来れば、定規を持っていてほしかったが、ないものねだりであろう。
それが、尼達がはった結界であったのだ。恐るべし尼よ。

こうして我々の週末は、笑いの神の降臨と共に終わったのである。教訓として残されたのは、尼の「清い男女交際結界には抵抗できず」という事である。こうした経験はエッセイストとしての僕のネタになっている。アメリカにおけるこの経験は田舎の高校(Prep)でなければ出来ない事ではないだろうか。





AMITY-NETからのひとこと  By CEPT

楽しそうですねー。『尼さんの判断により選りすぐられた曲』というのが何であるか、是非知りたいものです。






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